茶筅通しについて
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亀山宗月をご存じでしょうか。又妙斎の高弟です。昭和2年にラジオ放送で茶道の講座をおこなった方です。
ある業躰先生からお点前中に「茶筅とうし」では無く「茶筅はとうじ」を知っているか?と言われた事があります。その時は何の事だろう?と思いました。
茶筅は湯で温めるから「とうじ」なんだと言われました。
現在の「とうし」とは違います。そのやり方が亀山宗月の本に載っていました。なるほどとは思いましたが、この当時にこれが裏千家で一般的であったか調べてみたいとも思いました。
又妙斎・円能斎の「浦のとまや」を引っ張り出して検証していみますと茶筅「投じ」となっています。かつては「茶筅通し」では無く「茶筅投じ」だったようです。
大正十五年の鐡中茶話では「茶筅投し」
昭和35年版の淡々斎の風興集では「茶筅通し」になっています。
昭和37年発行の「初歩の茶道」も「茶筅通し」となっています。
整理すると又妙斎時代、及び又妙斎のお弟子さんは「茶筅投じ」
円能斎時代になると「茶筅投し」
淡々斎時代以降「茶筅通し」となるようです。又妙斎時代と円能斎時代は意味は同じ、円能斎時代と淡々斎時代は字の読みは同じと変化していくようです。
戦前の文字は同音違語が多いので使われている字だけで意味を読み取る事が出来ない場合もあり、他の資料も見ていく必要があります。



