養翠園 の石
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紀州徳川家の別邸の養翠園ですが、こちらは徳川治宝公が作られました。治宝公といえば御庭焼は西浜御殿の偕楽園焼きです。現在は和歌山工業高校の辺りにあったそうです。
この偕楽園焼には京都より、永楽保全、楽家では了入、旦入、仁阿弥道八が招かれています。そんな事を考えながら庭を眺めていると養翠園の屋敷の下にあった石が黒い石に白い斑が入っており、まるで旦入の釉薬のようだと思いました。旦入は楽の下が木のように見える木楽印と治宝公から頂いた拝領印があり、歴史の中で治宝公と旦入の関係性に思いをはせました。