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YouTubeに出ている茶道家から考えさせられた。茶と禅

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YouTubeに出ている茶道家の方が茶と禅は一緒だとおっしゃっていたので、最近は禅と茶の湯は一緒なのか?と考えております。確かに蘭渓道隆が鎌倉時代にやって来て建長寺を開山し宋風禅を説き「弁道清規」という規則を著した。その中には昼食後に茶を飲むとある。蘭渓道隆は中国の茶の産地の方の出身なので茶と生活が一緒の生活を寺でしていたのでしょう。すでに中国の天台寺では羅漢に茶を供える風習もかなり前からありますし。

その後の栄西の「喫茶養生記」を今更ながら再度読んで見ると茶と禅が一緒という話しはなく禅という言葉すらありません。久しぶりに読むと意外に密教について語られていて驚きました。曼荼羅や護摩を炊くなどが記載されています。

護摩とはゾロアスター教(火教)のホーマという儀式でのちにインドへ来てバラモン教の儀式となります。仏教がヒンドゥー教化して取り入れられた儀式です。日本では真言宗が護摩を炊きます。

よくよく考えると日本の鎌倉時代ともなれば、インドのナーランダー僧院では唯識と共に密教(ヒンドゥー教に近いタントリズム)が同時に教えられていたと言われてます。

そう考えると中国に伝わった仏教の中心は禅だがインドから中国へは密教が伝わっていてそれは禅林の中に道教などと共に浸透していったようですね。

空海が唐で学んだ真言密教は中国では系統は途絶えたと言われているが目に見えない形で浸透している。

それが宋代でも栄西が学んだ仏教に入っていて「喫茶養生記」は密教と道教の話しになっている。そんなところなのでしょう。「喫茶養生記」は現世利益の書。さらに下巻は桑の効能について、仏が悟りを得たのは桑の木の下となっており、インド菩提樹と勘違いなのか。中国では菩提樹がなけれは桑でも良いとあるが、それを菩提樹と勘違いしたのかは謎である。

栄西はご存知の方も多いでしょうが、栄西は禅・天台・真言の寺、建仁寺を京都で建立した。いかに禅と密教が近いかが分かる。

鎌倉時代の本に暮帰絵詞という蒔絵がありまして、食後の一服という感じでしょう。

また、わけのわからない投稿となりました

YouTubeの茶道家からの茶と禅が一緒だとの公案のようなものなのでしょうか。

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